「社員が主語」の組織づくり 時代で変わる組織や働き方(日経Bizgateー2025/03/13記事)
「社員が主語」の組織づくり 時代で変わる組織や働き方
サバイバル経営Q&A 白井旬・職場のSDGs研究所代表(2025/03/13)
当・職場のSDGs研究所・代表の白井旬が、日経Bizgateの連載【サバイバル経営Q&A】に寄せた記事を転載いたしております。
Q:先日、ある経営者向けセミナーで「社員稼業」という言葉を知りました。講師の先生から「社員でありながら、自分の仕事を自分のビジネス(稼業)と捉えて働く姿勢」と「単に会社の一員として受動的に働くのではなく、まるで自分が経営者であるかのように主体的に仕事に取り組む考え方」が重要だと聞き、自走自律型の組織づくりに役立つと感じました。
早速、全体朝礼で社員に向けて「社員稼業」の話をしてみたところ、若い世代からは「そこまで稼ごうと思っていない。定時で帰るのがいい」、ベテランスタッフからは「主体的に動くのは良いが、成果を求められるプレッシャーが増えるのでは?」といった声が相次ぎました。管理職からも「経営側が決めたことを実行するのが社員の役割ではないのか?」という疑問が出ました。
社員の仕事への向き合い方を変える機会になると思ったのですが、予想外の社員の反応に戸惑っています。社員稼業という言葉が、「個人に責任を押し付けるもの」「会社のために頑張らなければいけないもの」と誤解されたのかもしれません。
本来は「自分の仕事を『自分ごと』として捉え、日々の小さな工夫を通じて成長していくこと」が目的でした。自走自律型の組織・社員になるための良いキーワード、または浸透の方法について、何か良いアイデアがあればお聞かせください。
A:
相談者の話に出てきた「社員稼業」という言葉は、パナソニックの創業者である松下幸之助氏が提唱した概念で、私も好きな言葉です。ただ、言葉というものは、世相や社会通念の変化、あるいは世代や立場によって受け取られ方が異なるので、自社の企業文化や組織風土にフィットする表現かどうかは注意が必要です。
「社員稼業」と本質的に近い概念で、最近よく見かけるようになったのが「社員が主語」という言葉です。これは「会社の経営戦略や組織運営の中心に社員を置き、社員一人ひとりが主体的に考え、行動する組織を目指す」という考え方です。「社員稼業」と違い、「稼ぐ」という言葉のニュアンスがないため、「経営者意識を持て」と過度にプレッシャーをかける印象を与えにくく、より多くの社員が受け入れやすい可能性があります。
では、「社員が主語」の考え方を浸透させるにはどうすればよいのでしょうか?
「社員が主語」を導く方法論
(1)言葉を具体的な行動に落とし込む
抽象的な概念をそのまま伝えるのではなく、日々の業務にどのように結びつくのかを示すことが重要です。例えば、「自分の仕事が会社やお客様にどんな価値を生み出しているかを考えてみよう」「指示を待つのではなく、業務の中で気づいたことを改善提案してみよう」「チーム全体の成果を高めるために、自分ができる一歩を考えよう」といった、身近で実践しやすい行動を示すと、社員も納得しやすくなります。
(2)小さな成功体験を積み重ねる仕組みを作る
「社員が主語」といっても、いきなり全員が主体的に動けるわけではありません。まずは、社員が小さな改善や新しい挑戦をして成功体験を得られる仕組みを作ることが大切です。例えば下記のような取り組みが考えられます。
・「〇〇改善提案制度」を設け、社員が業務改善アイデアを出しやすくする
・社員が自主的に学び、成長する機会を支援する「社内勉強会」や「スキルアップ支援」
・成功事例を社内で共有し、主体的に動いた社員を評価・称賛する文化を育てる
(3)経営層・管理職が率先して「社員が主語」を体現する
管理職が「経営側が決めたことを実行するのが社員の役割」と考えていると、社員も受動的な働き方から抜け出せません。まずはリーダー層が「社員が主語」の考え方を理解し、実践することが不可欠です。具体的には下記のようなアプローチがあり得るでしょう。
・「社員の意見を聞き、それを反映する」姿勢を示す
・「あなたはどう思う?」と問いかけ、社員の主体性を引き出す
・「失敗を責めるのではなく、挑戦を称賛する」文化をつくる
こうしたリーダーシップの変化が「社員が主語」の組織づくりに不可欠となります。
最後に、「社員が主語」という概念・言葉が、パッと出てきたバズワードではなく、これまでの社会の変化に対応して生まれてきたということを理解しやすいように、年表形式で、「時代を彩る"主語・主役"の変遷」としてまとめたので、こちらもご確認ください。
「主語と主役の違い」を図にしてみました。ご覧いただき、年表と補足説明を読み進めていただくと、分かりやすいかと思います。
(1)「主語」は、時代の意思決定を担う主体。つまり、誰が動かし、決めるのか?
(2)「主役」は、その時代で最も優遇・重視される存在。つまり、誰が最も恩恵を受けるのか?
――
★(補足説明)「国家が主語」から「社員が主語」への変遷
(1)国家が主語(戦前〜戦後復興期)〜1950年代
国の存続・復興が最優先(戦時体制・計画経済)
国が主導して経済政策を決定し、国民はその一部として動く
「個」よりも「国家の発展」が主語だった時代
【キーワード】国民総動員、戦後復興、財閥解体、計画経済
(2)日本が主語⇒国民が主役(高度経済成長期)1950〜1970年代
「日本を豊かにすること」が最優先課題
輸出産業・インフラ整備に重点を置き、国民全員が経済成長にコミット
「日本のために働く」という意識が強い(企業戦士・終身雇用の定着)
【キーワード】所得倍増計画、日本列島改造論、工業化、輸出立国
(3)売上・利益が主語(バブル期)1980年代後半〜1991年
「とにかくもうけること」が正義の時代
企業は拡大路線、資産価値の上昇で「売上至上主義」に
「企業の成長=社員の幸福」と考えられていた
【キーワード】ジャパン・アズ・ナンバーワン、土地神話、拡大路線、利益至上主義
(4)会社が主語(バブル崩壊後〜終身雇用の強化)1990年代〜2000年代前半
バブル崩壊により「個人よりも会社を守る」時代に
企業がリストラ・コスト削減に走り、「社員は会社に従うもの」となる
「終身雇用」「年功序列」の価値観が根付き、会社が人生の中心に
【キーワード】就職氷河期、成果主義導入、企業防衛、雇用維持
(5)経費が主語(リーマン・ショック後〜コスト削減の時代)2000年代後半〜2010年代前半
「売り上げを増やす」よりも「コストを下げる」ことが最優先
企業は経費削減、人員削減、効率化を進める
「どう投資するか」より「どうコストを抑えるか」が重視される
【キーワード】リストラ、派遣切り、ダウンサイジング、コストカット
(6)顧客が主役(顧客志向の時代)2010年代〜2020年代前半
「顧客の満足度(CS)向上」が企業の最優先事項に
サービス業・カスタマーエクスペリエンス(CX)が重要視される
「売る」から「体験を提供する」へシフト
【キーワード】顧客満足度(CS)、ブランド体験、カスタマーエクスペリエンス(CX)
(7)社員が主役(働きやすさ重視の時代)2015年代〜2020年代前半
労働人口減少で「人材の確保・定着」が課題に
「働きやすさ=社員満足度」が重視されるようになる
「ワークライフバランス」「心理的安全性」などがキーワードに
【キーワード】働き方改革、ダイバーシティ、リモートワーク、福利厚生充実
(8)社員が主語⇒社会が主役(働きがいの時代)2020年代後半〜
「働きやすさ」だけでは不十分になり、「働きがい」にシフト
「個の成長が企業の成長につながる」という考え方へ
エンゲージメントの向上・人的資本経営・ESG思考が本格化
【キーワード】人的資本経営、エンゲージメント、ジョブ型雇用、キャリア自律
――
◆顧客第一から働きやすさ重視、社会が主役の時代へ
時代の変化に対応しながら、組織や働き方も進化してきました。かつては「国家」や「会社」が主語となり、個人はその枠組みの中で働くことが当たり前でした。しかし、時代の流れとともに「顧客」や「社員」が重視されるようになり、今では「社員が主語」となる組織づくりが求められています。
「社員が主語」とは、単に社員の待遇をよくするという意味ではなく、社員一人ひとりが主体的に考え、行動し、価値を生み出すことで、組織全体の成長を促す考え方です。これは、企業と社員がともに発展するための持続可能なアプローチであり、人的資本経営やエンゲージメント向上の文脈とも深く結びついています。
しかし、「社員が主語」の組織づくりには、単に理念を掲げるだけではなく、社員が主体的に動きやすい環境や仕組みを整えることが不可欠です。そのためには、言葉を具体的な行動に落とし込むこと、小さな成功体験を積み重ねること、経営層や管理職が率先して「社員が主語」を体現することが重要となります。
そして、これからの時代は「社員が主語」からさらに発展し、「社会が主語」「個人が主語」へと変化していく可能性もあります。変化に柔軟に対応しながら、企業と社員がともに成長し続ける組織づくりを目指していくことが、これからの企業経営の鍵となるでしょう。